第3章 正しいと思う方を
「あのときハンカチを渡してくれたこと、感謝する」
バチッ、とリヴァイと目が合った。
見つめていたことがバレたのか、一瞬怪訝そうな顔をされるが特に言及することなく彼は言葉を続けた。
「……1つ聞いてもいいか」
先に目を逸らしたのはリヴァイのほうだった。
「はい。わたしが答えられることならなんでも」
「…………イザベルの目を閉じてくれたのはお前か?」
アリアは息を飲み、俯いた。
あのときの重さを、感触を、冷たさを思い出し、両手を見下ろす。
ありありとすべてが思い出せた。
「……はい。わたしです」
手を握り、顔を上げる。
仏頂面で怖いと思っていたリヴァイの表情が穏やかになる。仲間を想う瞳が優しく揺れた。
「イザベルには馬の扱い方を教えてもらいました。なかなか馬と打ち解けることができないわたしに、イザベルはたくさんアドバイスをくれました」
結局、壁外調査当日までグリュックを乗りこなすことはできなかった。イザベルにグリュックと仲良くなれたと報告することはできなかった。
「……そうか」
ぽつり、とリヴァイは言葉を落とした。
「そうか」
まるで思い出の記されたアルバムを撫でるような声だった。
慈しむような、悲しむような、いたわるような、そんな声だった。
アリアは胸が詰まり、下唇を噛む。
「あの、今度……イザベルのお墓参りに行ってもいいですか?」
アリアの問いに、リヴァイは少し驚いたような素振りを見せたあとゆっくりと頷いた。
「あぁ。行ってやってくれ」
リヴァイはアリアに背を向けた。
元々彼がここを訪れたのはアリアにハンカチを返すためだったのだろう。やるべきことはやったのだ。リヴァイを止める意味はアリアにはない。
「………………」
だが、暗闇に飲み込まれていく後ろ姿に、アリアはなにか言わなければと口を開いた。
なにを言うのかはわからない。ただ、その背中が寂しそうに見えた。
しかし、アリアの喉が震えることはなかった。
ついに、リヴァイの姿がとぽんっ、と闇に消えた。