第2章 夢を見る
頬を伝う生ぬるい液体の感覚でアリアは目を覚ました。
しばらく枕に顔を埋め、夢の名残りを思い出す。
途切れ途切れにしか思い出せないが、ひどい気分になる夢だったことは間違いない。
鼻にまとわりつく硝煙と血、焦げた臭い。自分の荒い息遣いもまだ耳にこびりついている。
「アリア! 起きてる!?」
ずずっ、と鼻をすすったとき、大きな音と共に部屋のドアが開いた。その声と音に驚き、弾かれたようにアリアはベッドから起き上がった。
「……オリヴィア」
同室の親友、オリヴィアが真っ青な顔をしているのをぼんやりと見ながら寝起きの声を出す。
その呑気さにオリヴィアは声を荒らげた。
「今日がなんの日か忘れたの!? 教官に任されてたでしょう! 調査兵団のエルヴィン分隊長とハンジ班長の案内!」
赤毛を振り乱しながら言うオリヴィア。
彼女の言葉を繋ぎ合わせた瞬間、アリアは息を飲んでベッドから転がり落ちた。
アリアの脳裏にはつい1週間前に教官から呼び出された日のことが凄まじいスピードで流れていた。
「忘れてた!!」
――1週間後、入団前の視察のために調査兵団のエルヴィン分隊長とハンジ班長がいらっしゃる。当日、私は憲兵団の方々の相手をするから、調査兵団はお前に任せたい。
教官からの命令を断るわけにもいかず。
二つ返事で了解したアリアだったが、当日そのことを忘れてしまうなんて!
「とにかく早く準備して! あたし、あんたの分の朝食用意しておくわ!」
「ありがとう、オリヴィア!」
パタパタと部屋から飛び出したオリヴィアの背中に声を投げかけ、アリアは流れるような金髪をすいすいと1本の三つ編みにしていく。
ほかの同室の同期はもうずいぶん前に起きているらしい。いつもならその物音で起きられるのに。
アリアは然るべきところに服を身につけ、最後にジャケットを羽織った。
部屋を出るとき、アリアの頭は今日のことでいっぱいになっていた。
――夢の名残りはもう消えていた。