第1章 夕暮れ時
「こんにちわ。お疲れ様です。」
いかにも、男が好きそうな真っ白く、清楚なドレスを着てくる。
レースの手袋、大きな耳飾り、なぜ王宮内だというのにこれほどまでに着飾ってくるのか理解できなかった。
「私は忙しいのですが?」
昨日、ついに婚約を破棄したいと申し出たのに、図々しい相手だと思う。
「少しのお時間だけなら、と思いまして・・。」
長いまつ毛を伏せ、遠慮がちにためらう。
世の男どもが見たら、誰もが彼女の虜になるのだろう。
だが、長い時間を過ごした身からすれば、これも計算なのだろうと思ってしまう。
「人払いを」
お菓子やお茶を用意していたり、控えていたメイドを下がらせる。
「私は、昨日あなたに婚約破棄を申しつけました。あなたの名誉を考え、あなたから申し出るのを待っていましたが。もう限界です。」
「なぜ・・、私ではいけないのですか?」
「あなたのように打算で生きる人とは合わないのです。」
「打算など!始まりは家同士の決まりでしたが・・私は、イリス様を・・」
「名前を呼ばないで下さい」
決して怒鳴ったわけではないというのに、体が凍りつく。
痛い、痛い・・。
胸がズキズキする。
無意識に先ほど怪我した手に力を入れる。
「ドリス嬢に嫌がらせをしたとか?大変汚い言葉で罵ったみたいですね。それが本性でしょう。やはり、愛人の子だからですか?」
雷に打たれたような衝撃だった。
まさか彼にそんなことを言われる日があるとは。
「それは・・・。彼女が私のことを・・。」
「ほう、罵ったことを認めるのですね。」
「罵ってなど!」
彼はまるで軽蔑するような目でこちらを見ていた。
「なぜですか・・。どうして、私ではいけないのですか?」
泣きたくないのに涙が溢れる。
「はっ!!泣き脅しですか。これは罪悪感を植え付ける!そうやって男を誘惑しているんですね。」
心底、汚らわしいものを見るような目をする。
「違います!あたた様以外、誰も好きになろうなどと考えたことも、関わったこともありません!!」
逆効果だと思っているのに、涙が止まらない。
「もう結構です、部屋に戻りなさい」
鋭い目つきで彼に睨まれる。
もうこれ以上は無理だと思い、お辞儀をして執務室を後にする。
これほど苦しくても、一寸の狂いもない完璧なお辞儀ができるのだと自分でも感心する。
