第1章 夕暮れ時
素手でバラの花を手折ったため、手から血が出ていた。
まるで他人事のようにその手を見つめると、もう一度バラを積む作業に戻った。
自分には彼しかいないと思っていた。
だから執着した。
それがうっとおしかったらしい。
なんとなく、わかっていた。
「アウローラ様!!!」
お茶の用意ができたのだろう。
呼びに来たメイドは、私の手を見て悲鳴をあげた。
「今向かうわ。」
彼女の反応を無視して返事をする。
彼女は、私に唯一同情しているメイドだ。
嫌われ者の公女の面倒は彼女がよく見てくれる。
「アウローラ様・・。お手当てを・・・。」
血に驚きながらも主人を心配しているそぶりを見せる。
「大丈夫よ。それよりイリス様は?」
「あ、先ほどお戻りになられました。」
「そう、ではイリス様の元でお茶をいただくわ・・・。」
「ですが・・!」
彼女が言いたいことはわかる。
イリス様は私と関わることを極端に嫌がっているからだ。
「何か??」
「いえ、かしこまりました!」
そそくさとメイドが去っていく。
摘んだ薔薇を水桶につける。
傷に水がしみてズキズキと痛む。
でも、心の痛みが誤魔化されるようで、心地よいと感じてしまう。
水桶を持って、どんな服で行こうか、どんな髪型にしようか、乙女のようなことを考えながら自分の部屋に戻る。
「なぜ二人分のティーカップがある?」
執務室に戻り、一休みしているとメイドが何やらお茶の用意をし始めた。
「その・・。アウローラ様がこちらに用意するようにと・・」
大きくため息をつく。
メイドがビクつくのが見えた。
ここは自分の執務室だ。
いくら彼女が嫌だからと自分が出ていくのは癪に触る。
覚えていないほど、小さな頃彼女と婚約させられた。
自分の人生が決められたようで堪え難かった。
彼女はいつも完璧だった。
プラチナブロンドの髪は一切乱れることなく、ピッタリと結い上げられていた。
毎日化粧を欠かすこともなく、毎日同じ角度、同じ姿勢で綺麗に挨拶をする。
そして、絵画のようにピッタリ張り付いた笑顔。
何もかも気に入らなかった。
愛していますと、何度も言われたが、それも自分の立場が危ういから取り入っているだけのようにしか見えなかった。
「ちっ!」
彼女について考えるだけで苛立ち、乱暴にソファーに腰掛けた。