第2章 水の中
彼に抱きかかえられ、涙がこぼれ落ちた。
彼に抱きしめられる日が来るとは夢にも思わなかった。
一週間前の私ならどんなに喜んだだろう。
「イリス様・・・。おやめください。イリス様・・・。」
「そうやって気を引こうとする作戦か。あなたにしては陳腐な作戦だが、身を結んだな。」
どうして、ただ好きなだけだったのに、ここまで言われなければならないのだろう。
私の部屋でなく、イリス様の部屋に連れていかれた。
乱暴にベットに置かれ、声にならない悲鳴をあげる。
「婚約破棄をして本当に良かった。こんなにふしだらだ女だと思わなかった。」
そう言いながらイリスは私のワンピースを少しずつたくし上げる。
そのてが太ももに触れた時、悪寒が全身に走った。
「や、やめてください!」
「今までしてきたことではないのか?」
かっと怒りが全身に駆け巡る。
どうしてそれほど貶めようとするのか。
力を振り絞って彼の手を払う。
明らかな怒りの目でこちらを睨みつける。
「卑しいくせに、お高くとまって。」
そう言いながら私を無理やり立たせ、クローゼットに閉じ込めた。
「いや!開けてください!!」
扉を思いっきり叩く。
持ち手を何かで固定したらしい。
「勝手な真似をされては困るので、パーティーが終わるまでそこにいなさい。」
そう言い残して彼は立ち去った。
「助けて・・。助けて・・・。」
この部屋に誰か来ることはない。
朦朧とする意識の中で、なぜが、私を気にかけてくれたあの銀髪の男性を思い出し、意識を手放した。
かちゃり、と音がしてクローゼットが開く。
「おはようございます、アウローラ様・・・。」
イリス様の執事だ。
彼は彼女のことを気の毒に思っていた。
「お加減はいかかですか・・・。」
「大丈夫です。」
悲しそうに微笑む彼女を見て胸が痛む。
どうしてこれほど優しい女性を嫌うのだろうか。
「お食事をこちらにお持ちしますね。」
せめて笑顔で対応するように心がける。
「その必要はない。」
「イリス様」
弱々しい声でアウローラが声を出す。
「昼からパーティーがある。あなたはここにいなさい。それともまた閉じ込めて欲しいですか?」
返事する力もなく、首を横にふる。
彼は何も言わず、部屋を出た。