第1章 出逢い
「たっだいま〜」
人気の無い室内から、帰宅の挨拶への返答が帰ってくるはずも無くただただ静寂が僕たちを包む。
少女をベッドへ横たわらせると、自身の住むマンションに帳を降ろした。勿論、呪霊の侵入を拒むためのものだ。
この僕が降ろした帳だ。此処に居る限り、呪霊がこの子に近づくことは、一切許されない。
ベッドの縁へ腰掛け、名も知らない少女の寝顔をぼんやりと見下ろす。
胸元まで伸びた艶やかな黒髪が、彼女の呼吸に合わせきらきらと月光を反射させた。
白い肌と長い睫毛。筋の通った小鼻に、薄い唇。
端正なその顔立ちに、素直に 美人だな なんて思考する。
緩慢と伸ばした僕の手が少女の白い頬へ触れた瞬間、長い睫毛がぴくりと揺れた。
「───・・・あ、」
起きた。
僕はただ黙って、彼女の様子を眺める。
少女はぼんやりと天井を見詰めながら、大きな瞳をゆっくり瞬かせた。やがて、その瞳が僕の方へ向けられる。
「・・・私、生きてるの?」
まるで鈴の音の様に儚く、小さな声が僕の鼓膜を微かに揺らした。
少女の身体は微かに震えている。彼女の小さな手を優しく握り込むと、僕は出来るだけ優しい声色で言葉を紡ぐ。
彼女が、怖がらないように。怯えてしまわない様に。
「・・・うん、生きてるよ。ここには呪霊も寄ってこれない。君を傷つけるものは何もないよ」
「・・・じゅ、れい?」
少女は僕の言葉に、不思議そうに首を傾げた。
なるほど。呪霊という名は知らないのか。
「君を襲っていた化け物の事だよ。・・・君には見えていたのかな?」
僕の問いに、彼女のビー玉の様な瞳が大きく見開かれる。
「あなたにも見えるの?」
「・・・うん。僕にも見える」
「本当に?」
「本当に」
少女は僕の返答を聞くと、何故か心底安堵した表情を浮かべ、頬に椅麗な雫を一筋伝わせた。
「どうしたの?どこか痛い?」
傷は全て、硝子が治療したと言っていたけれど。
「ううん、違うの」
僕の問いに彼女は首を横に振る。
それ以上の返答は無い。
「・・・僕の名前は五条悟。君の名前は?」
少女は自分の頬を手の甲で拭った後、濡れた瞳を僕の方へ視線を向けた。
────…綺麗だ。
「・・・、・・・神崎」