第13章 月色の獣 - 馳せる想い*
加世の匂いを辿るのは容易い。
何かに惹かれるかの様に一晩ののち。
供牙は道の無い峠を超え、加世の屋敷へと辿り着いた。
その懐かしい香りを鼻腔に含み、迷いも無く目的の場所へと歩いて行った。
「今朝の加世様の顔を見た? 普段私たちが口にしない様な食事を出したらすごく困った顔をしてさ」
「それなのにあの人は『ありがとうございます』なんて言うんだよ。 世間知らずというか頭足らずというか」
「育ちの良さってのか分かんないけど、見てると苛々するんだよ。 旦那様が本気であんな小娘に入れ込む訳無いのに。 だって旦那様、昨晩はあたしの所へ居らしたわよ」
「あら、一昨日は私の所に来られたわ。 加世はまるで人形を抱いてる様で詰まらないって」
所詮、外聞の為だけの夫婦ってのも不幸よねえ、侍女たちが雀の様にせわしなく口を動かしながら働いている。
その庭に沿って供牙がそこを挟んだ林の中を歩いていた。
加世の香りが近くなるにつれ、どこか違和感を感じる。
それはまるで彼女の心と同調している様にこの身に流れ込んでくる。
悲しみ、寂しさ、恐れ、それから。
屋敷内でぼんやりと縁側に佇んでいた加世を見付けた時、供牙はなぜもっと早くここに駆け付けなかったのだろうと激しく後悔した。
何もない土色の地面を見る加世の目の焦点は動かない。
艶の無い髪は健康を害しているのか世話をする者が居ないのか。
そして痩せた手足。
こんな少女では無かった。