第13章 月色の獣 - 馳せる想い*
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「……また供牙は騒いでいるのか」
「他の家畜達も、もうすっかりと怯えております。 なにせ供牙はあの体の大きさですから」
「あんなに賢く分別のある犬だったのに」
中庭へと続く障子を開け放した途端、犬の吠え声が耳に障って我慢がならない。
供牙のいる納屋を管理している庭師をその日も呼び出し、主人はどうにかならないものかと話をしていた。
「けれど旦那様。 供牙は加世様に会いたいのではないでしょうか? そもそも加世様が縁談を了承したのは、供牙を共に連れて行くという約束のはずでした。 供牙はいつも一緒にいた加世様が、心配なのではないでしょうか」
「私とて、約束を違える気は無かったのだ。 先方の主人が大の犬嫌いだと分かったのは輿入れの直前。 今更詮の無い事だ」
家柄も向こうの方がずっと上。
下手に機嫌でも損ねるのは、嫁に行った加世のためにも良くないのだ。
「……こんな理屈は所詮畜生には解らない事なのかも知れぬな」
そう思われても仕様が無い。
離れた屋敷での主人の声が供牙の耳には届く。
決して主人は悪意があった訳では無い。
それらを理解した上でも尚、供牙は抗っていた。
声の続く限りに吠えて不満を訴え、夜は遠吠えで加世の居る筈の方向へと咆哮を振り絞る。
なぜ自分がそんな事をするのか、供牙には解らなかった。