第42章 琥牙くん、上京
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それは思ったよりも、大したことは無かった。
里の祭りみたいに多いのは人か狼の違い。 石で出来た建物ばかりで、地面が硬すぎるとか。 せいぜいその位の感想しか無かった。
もしも10年前にここに来てたら、その印象は違ったのかもしれない。
ただ新鮮だったのは、自分と同じ姿の人間が、誰も自分に関心を持たないこと。
数え切れないほどの、人いきれの匂いや音。
そんなものを一々意識してたら、自分の場合はとっくに気が狂っていることだろう。
それらを意識的に遮断する、そんなやり方を早くに身に付けさせてくれたことを親に感謝した。
都会の街を歩きながら逆に、これも鍛錬なんだな。 そんな風に考えてしまう自分はやはりイヌ科ならでは性質を持っている。
高い山があれば登りたくなるし、流れの早い川には飛びこみたくなる。
これも至極真っ当な衝動だ。
でも見たところ、兎も魚も居ないし。
「お腹が空いたから帰ろうかな」そんな風に灰色の空を見上げて、東京の中でもラッシュ地獄と云われる、中央線の電車でも味わって行こう。
これはここならではの鍛錬になるし、そう思った。
「あ、すみません」
若い女性の声が聞こえた。
人がごった返す夕方の駅の構内ではトラブルが少なくないんだろう。