第42章 琥牙くん、上京
食う側と食われる側。
この世界には常にその二種類が存在していて、自分は前者なのだと小さな頃に自覚した。
「人の血が濃くあることを無駄にしてはならぬ。 琥牙、お前は人よりも狼よりも強くあらねば」
そう言う異種の父母から生まれた自分は、かなり厳しく育てられた方だと思う。
他の子供は食事は親が取ってきてくれる。
怪我をすると親が優しく舐めてくれる。
山ほどの本や人間の学校の問題集と睨めっこもしていない。
千尋の谷に幾度も突き落とされてこそ獅子が出来上がる。 そんな考えを、憚りもせず言う家だった。
特に反抗した覚えは無かったにしろ、雪牙が生まれておれが小さな弟を離したがらなかったのは、自分と同じ目にあわせたくない、そんな気持ちもおそらくあったんだろう。
なのに、周りはおれを置いて早くに成人してく。
「それは鍛錬が足らないからだ」
母親が言うが、これ以上どうしろと。
「早く琥牙様のお子の姿が見たいものです。 ほら、今年二十歳を迎えたあの雌狼なぞ、大層な器量ではありませんか」
伯斗が言うが、それこそなにをどうしろと………
「………里の仲間はみんな大事だよ」
それはそうあるべきで、それ以上もそれ以下でもない。
大概に、里の年寄りはおれを見ると恭しく頭を下げるし、同い年位のは後退りされるか、そして雌はなぜか逃げる。
自分を同等に扱ってくれたのは死んだ姉さん位だったような気がする。
逃げるように人の世界に降りたのは、大層な理由も無く。 いや、あったんだろうか。