第38章 おねだりは露天風呂で*
「よかった、無事で。 母さんに叱られて、真弥がマンションから出てって……雪牙が来るまで、迷ってたんだ───────どこからが信用で、どこまでが身勝手なのか。 おれのこの意思はどれが獣で、それなら優先すべきなのは『どちら』なのか。 正しい、は、少し違うけれど」
会話じゃなく、独り言みたいに語りかけてくる時の琥牙は、供牙様と同じはやさで話すんだ。 そう気付いた。
出会った頃は高めでハスキーだった声が時々掠れがちに、今はゆったりと私の耳元で響く。
「いくら閉じ込めようとしたって、真弥はおれの言うことを聞かない。 でも、きっとそれでも構わないんだ。 お互いがお互いであるべきときに、おれは結局、真弥に寄り添っていたくって………それはまるで、普段と変わらない。 多分それが、いつもそうありたいおれの理想なんだと……今はそう思う」
だから自分が迷ってるときは、忘れないようにしないと。 中途半端な自分に流されないように、呑まれないように。
ただ傍に居たいから。
そんなことを静かに話してくる。
「………悩めるお年頃なのね」
「なにそれ。 からかわないでよ」
そう言って琥牙が私の頭の上に顎を乗せてぐりぐりしてきて、お互いに笑った。
私のは、からかいというか、照れ隠しに近い。
彼が私を思いやってくれてるのが嬉しかった。
突き放されたように感じたこともあったけれど、彼なりに悩みながら、きちんと考えていてくれていたのだと。
こんな風に丁寧に愛してくれる、琥牙をとても愛おしいと私は思う。
「真弥が結構、大人なのは知ってるんだよ」
そんなことを言ってきて、凄いねー。などとまた軽口を叩くと、ため息混じりにうん。 とどこか浮かない声で呟く。
「だからおれ、真弥に相応しい男にならなきゃ」
ホントいうと、そんなセリフはこっちが言いたい。
「相応しいからここに居るんじゃないの?」
でも、私は言わない。
言葉にしたら、甘えてしまいそうな気がするから。
彼に相応しくあるために。
そんなの、私だって余裕なんかないもの。