第38章 おねだりは露天風呂で*
少し紫がかる雲のかかった空を見上げ、彼がすんなりとした首を伸ばして呟く。
「………雪、降りそうだね」
今は夕げの時間帯。
里の屋内での騒がしい会話や笑い声が、ここまで響いてきた。
老若男女、人や狼。
それらの垣根を越えて、ふんわりとあわい灯りに包み込まれるように、山奥の夜のしじまにこだましては消えていく。
既に暗くなった辺りは、冬の冷えた空気で痛いほどなんだろう。
今浸かっているお湯から立つ湯気のせいで、外気にさらされている部分にも、のぼせない程度の、ひんやりと丁度いい温度の加減を提供してくれていた。
私がもたれている背中には琥牙の胸があり、心身ともにほぐれるような心地好さ。
取った私の手を肩越しに見ていた彼が、手のひらの親指の付け根あたりに赤く擦れた筋を見付ける。
「擦り傷」
地面に手をついた時のものかな。
不機嫌とは言わないまでも、強いていえば気の進まないことをやらされてるときのような声の色だと思った。
くるん、とそれを裏返してから腕の方に移動し、またそれの周囲を観察している。
「ここも」
それが終わったら、次は右腕を探索していく。
見付けても面白くなさそうなものを、なぜ彼は探すんだろう。
大丈夫だよ? そう言うと、私の膝の丸みを彼の手のひらが包む。
「ここも赤いね。 しみない? これも冷やしておく? ジーンズは破れてなかった?」
「平気だってば………私なんかより、琥牙の方が? 頬っぺたと、頭の皮膚も切ったよね」
それよりもずっと重症な人が土間にいるんだろうけど。 と、それは黙っておく。
「おれは全く心配ない」
彼ぐらいになると、修復能力も半端ないんだろうか。
私を抱き上げて屋内に入ったときはすでに血も止まってたし。
「まあ……本音は、頭に血が上りすぎて何も感じなかっただけだけど」
苦々しく呟いた彼の気を逸らすために、とかげみたいに頭とかも切ったら生えてくる?
そんなことを冗談で訊いてみると、切ったことないから、分かんないな。
至極真っ当? な答えが返ってきて、彼が腕を回し私を膝ごと抱き込んだ。