第37章 私たちの牙 後編
それはまるで、いつか雨の日に初めて私の目の前で凶暴性を見せた彼のようだった。
降りしきる雨に濡れながら、相手を庇った私に意地を張って、どこか所在なさげな表情で。
だって多分、これ以上は琥牙も望んでいないはずだ。
いくら殺意があっても、いつも人の部分の彼がそれを押しとどめていたから。
彼を寂しい世界に放り出したらダメだ。
「……真弥が……そう望むなら」
祈るような気持ちで彼を見詰める私を、安心させるみたいに微笑みを浮かべて、琥牙が卓さんのもう片方の、ガリガリと地面を掻くしか役目のなくなった腕を掴む。
先ほどから言葉も無く竦んでいた二ノ宮くんが、あっ。と口を開きかけた。
背負い投げ、というものではなく単に両手で腕を掴んで持ち上げる。
190センチ近い巨体が宙に舞い、仰向けに地面に放り投げた。
…………結構な勢いで。
「………………っ!!!!!」
一度ビクンッと身体が跳ねて、卓さんはそれきり動かなくなった。
「そんな大の男をスルメみたいに」
そう言う浩二に、私たちでも口でなら単独100キロ位は運べますよ。 伯斗さんがちょっとした狼雑学を披露する。
オレだって人姿でも楽勝。 と雪牙くんも妙な対抗心を示してきた。
「大人しくなったね。 野太い悲鳴とか煩いし」
生まれてこのかた、私は人が泡を吹いてるのを初めて見た。
そこに血が混ざってないのは、少なくとも肺は無事だということだ。
ほっと息をついている浩二なんかもだろうけど、かろうじて上下している卓さんの胸を見て安堵した。
「なんつうか……よく止めたよな真弥。 さすがにビビった…」
そりゃ……親しい人間の殺人現場なんて見たくないものね。