第37章 私たちの牙 後編
「真弥を離せよ!!」
今にも飛びかかろうとする勢いで雪牙くんが声を荒らげる。
「今更来て何になる? そっから一歩でも動いてみろ。 女の指を、一本ずつそっちにくれてやる」
「お前……っ」
「弟の実力は知ってる。 以前の俺で歯が立たなかっただろう? あの時、加減をしてやった恩を忘れたのか」
そんなものを気にも止めないという好戦的な様子の雪牙くんを、すぐ後ろに並んでいた琥牙が引き留めた。
「雪牙。 動くな」
「兄ちゃん!」
「いいから」
琥牙の声は硬かったが、それを卓さんは自分が優位に立っていると思ったのかもしれない。
でも、それが違うのは私には分かっていた。
「卓さんっ……もう諦めて、私を離して逃げて」
「フン」
そんな私の言葉も空しく、彼が私を突き飛ばし相手を委縮させるかのように厚い胸を張った。
何を言っても無駄なようだ。
諦めてそこから目を逸らした私はすぐ傍にいた二ノ宮くんの元へ這っていき、その肩に手をかけると、薄目を開けて私の名前を小さく呼んだ彼に安堵した。
「若いリーダーは今は人の姿か。 フフ……こっちの方が面白そうかな? そのキレイな顔を滅茶苦茶にするには!」
視線を彼らの方へ戻すと、固い拳で殴られた様子の琥牙が体勢を崩し、右足で踏みとどまっていたところだった。
そして同じところに再び殴打を受けて、その後ろから咄嗟に浩二が彼を支える。
「…………って」
「っおい、大丈夫か。 てか、俺が引き受けるからお前は真弥を」
浩二の言葉を聞いていないのか袖で顔を拭い、そこについた血を眺めながら琥牙がぼんやりと口を開いた。
「そういや。 初めてだおれ、まともに男に殴られたの」
「は? 珍しいヤツだな。 こんな物騒なとこにいて」
「だって、止められなかったのはおれの責任だから」
「ハハッ! それほどに、俺が!! 強いということだ」
暴力で高揚する、卓さんはそのタイプなんだろう。
ここで一番力があると言われる無抵抗の琥牙に向かって、真上から肘を振り下ろした瞬間の卓さんの昂った表情は、恐ろしく醜悪だった。
「琥牙様!!」