第36章 私たちの牙 前編
それでも人にはなれないというものの、やはり伯斗さんも人狼なのだ。
年寄りだわ重いだわ、走りながら時おりボヤきつつも、特に息を切らしている様子はない。
そんなこんなでしばらく経たった頃だった。
「───────真弥どの、なにか言いましたか?」
「え? なにも」
トットットッ。
徐々に歩幅を狭めていく伯斗さん。
「ええと、違いますな」
「?」
そう言って途中でピタリと止まり、耳を動かしている。
まだ里までは結構な道のりがあるはずだ。
「伯斗さん、あまり時間は……」
今の季節の日暮れは早く、安全のためにそれまでには里に着きたかった。
私は彼らのように夜目が効くわけでもないし。
それでも伯斗さんは注意深げな表情のまま、その場を動かない。
「ああ、分かりました」
後ろの方を向いていた耳をくるん、と元に戻し、あと少しだけ待って下さい。 と。
「伯斗さん?」
まあ、彼がそういうのなら。
カップラーメンでも出来そうな時間、その場でぼんやりしゃがんでると、まだかろうじて踏み固めた跡が残っている道中で、茂みから姿をあらわしたのは。
「…………弥っ!! やっぱ居た!」
そこからぬっと出てきたこれは槍? 剣?
それらが合わさったような長刃。
「え?」
「礼節の知らぬ弟君」
ほそりと伯斗さんが呟き、そのあと顔を覗かせて、分厚い皮のダウンジャケットを着込んだ弟が息を切らしていた。
「良かった、追ってきて」
「はー? 浩二!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「仕事じゃなかったの? なんでここに?」
「今日は半休。 GPS見たら、またここの近くに真弥が来てたからな。 今は使いモンなんねぇけど」
彼にかざされたスマホを見ると周りに何も無い、緑色の画面の中央にGPSの目印が立っている。
「だからって、なんでわざわざ?」
「今から里ってとこに、行くんだろ? 俺も行く」
そんな彼の表情は、どこかあのやんちゃな雪牙くんを彷彿とさせた。
黙ってればクールなイケメンで通るのに。