第35章 彼と初めての亀裂
頼みごと?
確かにそうかもしれない。
でも、甘え下手なのは単に私の性格で。
そして嘘といわれると……感情論だけを改めて思い返すと、先ほど彼が怒っていたのは不誠実な私の態度にもあったのだろうか。
………簡単に誤魔化せるような人じゃないのに。
私が迂闊過ぎたと、舌打ちをしたいような気分だった。
この場合、まずは謝った方がいいのかな。
口を開きかけ、よく見ると、彼の顔の右側が少し赤いのに気付いた。
「それは……悪かったと思ってるよ。 でもそれ、琥牙頬っぺた、どうしたの」
手を伸ばそうとすると、軽く眉を寄せてついと避けられる。
「……じゃあきちんと『お願い』しなよ。 非力な真弥に相応しいやり方でさ」
そう嘲笑めいて口にすると同時にくん、と着ていた衣服の胸元を指で引かれて、驚いた私が反射的にそれを手で払い除けた。
相応しいって、どういう意味?
「なに、それ……? 話にならない。 いくら今の琥牙が不安定な時期だからって、こんなにまともな話も出来なくなるなんて」
馬鹿にしてる。
真面目に話している、こんな時に。
胸がムカムカして、彼の顔を見たくなかった。
そんな風に立ち上がりかけた私の腕を彼が捉えた。
「どこ行くの」
「私一人ででも行く」
二ノ宮くんのところへ。
「許すと思う? 殺しても縛ってでもいいって言ったよね?」
言い終わるか終わらないかのうちに、なにをどうされたのかは分からない。
咄嗟のことで混乱してると、いつの間にか後ろ手に、両手首を束ねられていた。
「やだ離し…琥っ! やだっ痛い!」
それから逃れようと体を捻ると、掴まれているところが異なる方向に圧迫され、激しい痛みが走った。
「こんなのも振り払えない癖になにが出来る? さっきのことだって、おれの居ないときに考え無しに保くんに迎合した真弥も悪い。 そして今彼になにか考えがあるとして、彼の足手まといになるつもり?」
「っそれでも、放っておけないもの!」
「真弥の悪いとこだよそれ。 いい加減に分かりなよ」
私と同じく膝立ちになった彼の息が首すじにかかる。
「────────あっ、やだ」
肌に付けられた生暖かい唇に嫌悪が走り、彼に対してそんなことを感じたのは初めてだった。