第33章 不倫→バトル→なんで恋?
と、その直後。
私たちの居る岩場の反対方向、崖を隔てるガードレールを越えて現れた別の影───────それが視界の中で空中でパッと二つに別れて、やッ!!っという女性の声が一匹の狼に向けて放たれた。
咄嗟にそれを交わした狼から距離を空け、草場に腕をついて小柄な体を着地させる。
もう一つの影は、荒々しい獣の唸りと一緒に、進行方向の道路の脇にもつれ合った。
分断されたそれらを見、驚きに目を見開いて、私が咄嗟に叫んだ。
「伯斗さん、と朱……!?」
「真弥! 久しいなあ? 元気だったか」
片膝を立てて挨拶に応じる朱璃様の鷹揚な声とは真逆に、咆哮とともに彼女に向かっていこうとする狼。
だが、中段に構えた彼女の手に握られていた槍の先が、その動きを遮った。
槍というからには真っすぐに突くのかと思いきや、途中でしなるような感じだった。
彼女が今手にしているのは、以前里で見た練習用の布で巻かれた木の棒と異なり、私の背丈ほどの長さで刀身がついたもの。
「伯斗。 確かこやつらはうちの者だったよなあ。 これではまるで、ただの狼のようではないか」
朱璃様が目線を外さずに伯斗さんに話し掛けた。
後ろに飛びすさり、相対する相手と一定の距離を保って睨み合う伯斗さんがそれに答える。
「確かです。 今は月のせいもあり、一時的に言葉も忘れる位に興奮しているのでしょうかねえ」
腰を据えて牽制の構えを取っていた朱璃様が、片手を上げて前に進み出たかと思うと、狼の体の中心を避け、三度標的に向かって突きを繰り出した。
体を掠ったとみられる苦痛の鳴き声と同時に槍が手前に引かれた。
彼女がゆっくりとした動作で次は伯斗さんが相対している側へと刃先を向ける。
右往左往しながら詰めては下がる狼に対し、朱璃様は最小限にしか動いていない。
長い刀身と柄を持つそれに、狼は最大限の警戒を持って相手の懐に入る隙を伺っている様子だった。