第26章 狼の里にて 後編*
「それはうちの愚息も同じだろ。 ……だがほら。 そんな事より、真弥に礼を言わんか。 お前のためにどれだけ心を砕いたと思ってる」
朱璃様がそう言って、琥牙が初めてゆっくりと私に顔を向ける。
雰囲気は完全に元の琥牙。
でもその硬い表情からは以前の彼にあった幼さが消えていた。
「………真弥」
そして口から吐かれた言葉は、まるで聞き慣れない単語みたい。
……そんな彼に、どう接すればいいのか分からなかった。
「………よ、良かった…ね?」
完全に作り笑顔しか作れなくて言ったのだけれど、その私の発言や顔など、まるで不快なもののように琥牙は視線を外し、私を無視した。
「ちょっと…見たくない。 悪いけど」
それで私は目線を下げて、上衣を辛うじて羽織っただけの、自分の体に気付いて目の前が暗くなった。
「おい……?」
不穏な様子の私たちに、朱璃様が琥牙に向かって不審げに声を掛ける。
『こんな事して、元に戻れるとでも?』
先ほど牙汪に言われた事を思い出し、激しくなる心音を意識しつつ今までの出来事を反芻しようとした。
……そもそも、私は『それ』を覚悟で他の人とこうすると決めたはずだった。
けれども。
薬で朦朧としていたけど、あの時の事が急に、まるで次々と立ち上る煙みたいに脳内に浮かび上がってくる。
……あんなに声を上げて、自ら足を開いて。
欲しいと強請った淫らな数々の言葉。
今まで彼の前でさえ、あんなに乱れた事は無かったような気がする。