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オオカミ少年とおねえさん

第26章 狼の里にて 後編*




「ッ! 見てろよ、次の満月には……」


燃える眼光を飛ばし何か言いかける牙汪の姿が急激に薄くなっていく─────悔しそうなその表情から、なにか強制的な力が働いたかのように見て取れた。


やがてその声も聞こえなくなり、しんとした闇に浮かぶ人影は一つになった。

残された琥牙が所在無さげにその場に立ち尽くし、ぼんやりと目の前の一点を見詰めた。


「───────真弥。 その前に、ひと目」


ぴたりと口をつぐみ、我に返ったように額に手をやり、目を閉じてから俯く。
それから呟かれた、小さな破片みたいな言葉はまるで自分に言い聞かせるように。


「駄目だ。 おれの執着に、牙汪を同調させたら……考えないようにしないと。 望んだら駄目だ………充分だ……おれは」


「………琥牙」


固唾を呑んでその場を見守っていた私の口から彼の名が洩れた。

生きてさえいてくれれば、充分。

それは決して嘘じゃない。


「真弥……」


それに呼応するタイミングで、途方に暮れたように琥牙が私を呼んだ。

嘘じゃないけれど、でも。

顔を伏せている琥牙がなにかに向かって手を伸ばし、引き寄せられて私も彼に応えた。

闇に形作られた幻影に、手のひらが合わさる。

まるで感触のないそれに私は縋った。
堰を押して流れ、込み上げる思いがそうさせた。


「琥牙。 ねえ、大丈夫だよ。 私が守るから」

「ごめん。 ちゃんと守るから……」


彼の想っていたもの、抱えていたもの。
それは私が想像していたよりも、ずっと重く……孤独過ぎていた。

『真弥の事、攫って逃げていい?』

いつか琥牙が私に言った。

あの時の彼は何を感じ思っていたのか。


今更なんかじゃない。

何も知らなかった自分の不甲斐なさに唇をきつく噛んだ。


「琥牙、辛かったね」

「何ともない。 真弥はおれの永遠だから」


見えていない視線が私に向けられて、耳に入らない言葉で囁きかける。

どうすればいい?

焦げ茶色の瞳が言いようのない哀しさを纏って真っ暗な中に私が居る、その向こうを見ている。
涙が滲むと見えなくなるから、私は必死でそれを堪えた。


触れたい。

──────ただ、触れたい



「ご、めんね。 でも、愛…してる」


喉から迫り上がる嗚咽のような声に混じり、それだけを振り絞って言った。



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