第26章 狼の里にて 後編*
少しの間沈黙が続き、自分から話を折っておいてイライラしたように再び口火を切るのはやはり牙汪。
「で? どうするつもりでオレを呼んだんだ? こうやってお前の意識下でオレたちが話せるのなんて、いくらここが里だって、おいそれとは無理だろ。 お前が力を使い過ぎて、オレたちのバランスが崩れたらどうなるか……昨晩、お前の弟を殺ろうとした恨み言なら」
「どうするつもりかなんて、ずっとおれの中でおれを見てきたあんたには、分かってるんでしょ?」
向かい合っている二人は三度無言で視線を合わせている。
その後、牙汪が唾でも吐きそうな勢いで口を開いた。
「……オレはお前のそういう所、虫唾が走るがな。 女はどうする? お前が求めた伴侶なんだろうが」
「そうだよ。 でも、おれは真弥を道連れにはしない。 おれが死んだらあんたも消える。 里で人狼として生まれる女性が命を落とすことも、もう無くなる」
「……させねえぞ。 そんな事は」
ただでさえ鋭い目付きの牙汪に威嚇するような怒りの光が宿る。
そんな彼の様子を静かな表情で見守っていた琥牙がふと眉を寄せた。
「ああ。 ……そうか、バランスだ」
何かを思い付いたように顔を上げ、その後自らの顎を指でつまみ、独り言のように牙汪がぶつぶつと話し出す。
「オレとお前が入れ替わればいい…お前がオレの意識下に……オレが里もお前の女も…手に入れればいいんだ」
「それこそ、させないよ。 許さない」
話終わるか終わらないかのうちに琥牙がきっぱりと遮るが、牙汪はそんな彼を鼻で笑う。
「クク……どうせお前はまた、逃げるんだろう? 戦う勇気もない、ヤワな精神でオレに対抗するのか?」
「あんたの執着してるものはもう居ない。 そんな行動には意味が無い……たとえ真弥を手に入れても報われない」
「……うるせえ!!」
二人の距離が一気に縮まり、足を踏み出し琥牙の顔面に向けて繰り出された牙汪の拳を彼が難なく腕で受け止める。
ほんの数秒睨み合っただけで、琥牙がやる気の無い様子で腕と視線を外した。
「ここはおれの世界だよ。 力技は無駄だ」