第26章 狼の里にて 後編*
それに付け加えて何も言わない彼を尻目にフンと牙汪が鼻を鳴らす。
「それをオレが引き受けた。 お前の母親の健気な努力もあるが、その甲斐もあってお前は保てていたはずだ。 お前はオレとの契約を、ガキの頃の夢かなんかだと片付けてたみたいだがな」
親指で自分の胸を指して主張する牙汪に、琥牙が口をつぐんで言い淀む。
「それは……」
「それにしても……いくら記憶が曖昧だったっつっても、とうとう抑えるのが難しいってのは気付いてたんだろ? それで里を出た癖に、よもや伴侶を得ようとは恐れ入ったよ」
呆れた口調で話し続ける牙汪。
よく知り合ってはいるが、『親しい』とは言い難い空気が二人を包んでいる。
直情的な物言いの彼に気圧されているというよりも、どこか諦め、あるいは疲れが含まれたような雰囲気が終始琥牙に混ざっていた。
「こっちだけの利じゃないでしょ。 あんたの無駄に多い伴侶たちの怨みのせいで、おれの姉さんは死んだんだ」
琥牙が若干非難じみたため息を薄くつくと、牙汪が大袈裟に肩をすくませる。
「女の嫉妬は怖えよな。 こうやってオレがお前の中に居るおかげで、女たちの怒りも鎮まってる」
「あんたのそこだけは嫌いじゃないよ。 普段は他人なんかどうでもよさそうなものなのに」
その好意や褒め言葉というにしては中途半端な発言に、牙汪が上げていた片方の口角を歪め、ふいと顔を逸らした。
「……つまんねえ悋気で殺られといて、何百年も続いてた無様な失態をどうにかしたかっただけだ」