第26章 狼の里にて 後編*
「……迷惑って絵に描いたようなツラだな」
牙汪が相変わらずその顔に軽薄な表情を張り付かせ、琥牙に向かって首を傾げる。
「琥牙!」
対する琥牙は彼の言うとおり不快感を露わにしたまま、困ったとでもいう風にぽりぽりと頭を掻いていた。
彼の名を呼ぶ私を、二人は見ない。
闇に切り取られた空間。
景色など何も無い。
長身で琥牙よりも痩躯な牙汪が腕を組んで彼を見下ろしている。
亜麻色の髪や鋭い印象のその顔付きも、里の墓で見た牙汪と同じだった。
あるはずのない空間に、いるはずの無い存在。
これもなにかの記憶なのだろうか。
「流石にね。 『貸す』だけだって、おれは昔、言ったはずだよ。 人を殺したり身内を傷付ける事なんて許してない」
「それでもお前は受け入れた。 後戻りは出来ない……それに、久々に生身の体に戻ったんだ。 本能が先走るのを堪えるのはオレたちには難しい。 人と狼で二つに割ってるんじゃない。 むしろ人の部分が、オレたちの『獣』を無理矢理抑制してる。 自分の本性を、お前も本当は分かってるだろ?」
「……分かってるよ。 人どころか、伯斗や雪牙なんかよりも自分がただの化け物だって」
「笑うよな? 忌み嫌われつつも、オレたちの血が求められる理由はその凶暴性が所以だ。 何よりも研ぎ澄まされた感覚、性格は苛烈で迷いがない。 故に強い。 本来リーダーはそうでなければならない」
「同意は出来ない。 だからおれはリーダーになりたくなかった」
「ああ、そうだったな。 飼い慣らされた性質を持った、腑抜けの代表がお前の父親。 奴は最期はどうなった? 仇を成したお前……オレを周囲は罰したか?」
琥牙の表情は動かない。