第26章 狼の里にて 後編*
それはもういい。
そんなことは問題じゃない。
面倒くさがりで物事に頓着しない性格の私。
でも、今回は頑張った。
とっても頑張ったと思う。
琥牙と過ごす時間は私の唯一だった。
『いっそ今度こそオレに溺れたらいい。 堕とされて気が狂うまで』
低く冷たく、嗤いを含んだ彼の声だった。
「そんな事をしても、報われない……貴方が好きなのは私じゃない」
たとえ彼と会えなくなってもその見返りとして、琥牙がこの世界のどこかで生きられるというなら、充分。
そんな想いはきっと、特別なものじゃない。
「だって、よし乃さんが亡くなったって、その後に結婚したって、牙汪は彼女だけを想い続けてたんじゃないの」
彼だけじゃない。
供牙様も、加世さんも、朱璃様も。
消えない想いを当然のように抱えている。
あたかも自らの心の宇宙に青白く燃える一番星みたいに。
忘れ得ぬ人を胸に抱き続ける。
「……お前もこの男みたいな事を言う」
花が、草葉が大きな風に煽られて巻き上げられる。
琥牙たち親子の姿が霞んで小さくなる。
目を細めてそれを見送っていると、代わりに二つの人影が浮かび上がった。
細く消えそうな月の下に、琥牙と……いつか里の墓で見た牙汪本人の姿があった。