第26章 狼の里にて 後編*
「そんな事は聞いてない。 むしろそれで結構……なあ」
ぐい、と腕の上部を引かれ、顔を寄せて話し掛けてくる。
「それで、好きな男の顔してる嫌いな男に今から抱かれるのってどんな気分? 実況して欲しい位なんだけど」
「何ともないよ。 気持ち悪さはあるけど」
嫌味ったらしく応えた私にくくっと嗤いを洩らし、彼が腕を離した。
ただ目を閉じてしばらく我慢すれば良いだけだ。
なんにも考えずに。
「フン………じゃあ着てるモンさっさと脱げよ。 破かれたくないんなら」
『真弥の胸が見たい』
以前に琥牙にそう言われた事を思い出した。
恥ずかしくってくすぐったくて。
けれど今の私にそんな気持ちはない。
羽織っていた上着の腰紐を外し、柔らかい生地のそれがくしゃりと床に落ちる。
なんの感情も無い。
見られたって平気。
「これも?」
「……上は脱げ」
支えていた紐を肩から抜き取り、伸ばした方の腕に片腕を組んで立った。
小さなショーツのようなものだけを身に付けた格好になった。
そんな私を値踏みするような目付きでこちらを見ている。
しばらくそうやって見たのちに、どこか馬鹿にした口調で嘲りの色を含んだ声を出した。
「エっロい体。 このガキが誑かせられたのも分かるわ」
誑かしてなんかない。
一瞬かっとしかけだが、見たくないもののように彼からふいと視線を逸らした。
この人にそんな事を言ってもきっと無駄なんだろうから。
「その胸なんか吸い付いてくれって言ってるようなもんじゃね? 年中発情してるみたいに乳輪腫れててさ」
立ち上がった彼がやおら自身の衣服も脱ぎ捨てる。
目を逸らし続けていたのは無意識の行動だった。
『彼』だけど『彼』じゃない。
嫌いな男が自分の体で興奮している、そんなものを見たくなかった。