第26章 狼の里にて 後編*
「もしもお前に万一の事があれば、すぐに駆け付けよう」
供牙様はそう言って、広間に待機する事にしている。
雪牙くんの心中はまだ複雑なようで、あれからずっと私とろくに目を合わさない。
伯斗さんは供牙様と一緒に居るようだが、眉間に皺を寄せて何だか難しい顔をしていた。
そんな彼らの事を思い出すと寂しい気持ちになる。
若い時につい羽目を外しすぎて、よく知らない男性と夜を過ごしたりなんかして、そのまま勢いで付き合ったりして。
そんな事もあったっけ。
まあ、いいや。悪い人じゃないし。
そんな風にぼんやりと日々を過ごしていつしか気持ちがすれ違って。
段々本気になってくる相手に対して、今思えば失礼な事をしていたのだと思う。
そこまで執着される理由が分からなかったし、分かろうとしなかった。
今はそうじゃないといっても、あの頃に少し戻るだけ。
そんな風に思いながら、前もって教えられていた奥から二番目の部屋の木戸を押す。
それなのに。
ギイ、と鈍い音がして、そこに寛いで座っているその姿を見た時、途端に尻込みしそうになった。
「その格好、随分と気合い入ってないか? そんなタイプには見えなかったがな」
薄い笑いを貼り付けて私を見てくる、その顔と体は私が愛する琥牙だ。
私は一体誰に抱かれるんだろう?
「こうやって見てると、やっぱり背格好だけじゃなくて、似てるな」
ふ、とその表情が少しだけ柔らかくなって、そしたら余計に似るから混乱する。
この人の目的は、よし乃さん。
ここは客用に使っている寝室だというが、ベッド、小さなテーブルに椅子が二脚。
家具はそれだけの簡素な部屋だ。
ベッドに腰掛けながらこちらに向けて伸ばされた手に、導かれるようにゆっくりと歩を進める。
私はこれが琥牙だとは思いたくない。
他の人を想ってる琥牙となんてしたくない。
「私、あなたの事嫌い」
彼の目の前に立った時にそんな言葉がついてでた。
これは別人だ。
自分にそう言い聞かせるために。