第26章 狼の里にて 後編*
もしかして、琥牙が小さい頃の病気の対応も素だったんじゃないのだろうか。
そんな懐疑心も抱きつつ、朝陽に照らされた草原に一歩踏み出すと、同じように立ち稽古に精を出す面々がいた。
……立ち稽古、なのかな。
あの一番大きなのが供牙様。
その次がおそらく里の人数人と、それより小さくてしょっ中やられてるのが二ノ宮くん。
その間をピョンピョン跳んでる一番小さくて白いのは雪牙くんよね。
パッと見、狼の群れの争いにしか見えないけど。
もう暁の空の反対側に消え入りそうな夜の群青色と呼応するように、細く鳴いてるのは鈴虫だろうか。
一番鳥がようやく起き出す時間。
昨晩の不穏な静けさとは違い、山にかかる薄い雲が集まり移動する、そんな音も耳を澄ませば聴こえてきそうな荘厳な山林の早朝だ。
それを和らげるように地を彩る繊細な花々に目を細めていると、真弥。 と私を呼びながら狼の供牙様がこちらに近付いてきた。
「おはようございます。 供牙様も、もう大丈夫なんですか?」
「本調子では無いけどな。 今朝早くより朱璃が捧げてくれた祈念の為に、昨晩よりはマシという程度だ。 この後は、一日ばかりこの男に体を返そうと思う」
私が起きていると朱璃が休めぬだろう? 苦笑してそう言いながら、供牙様が尻尾を一振りしてから私の隣に並んで座る。
「牙汪も明日までは姿を現しそうにないしな」
「そうですね」
丁度供牙様の墓碑の正面に、もうほぼ丸い白い朝月が浮かんでいるのが見えた。