第25章 狼の里にて 中編*
『牙汪と、話が出来ないだろうか』
そんな事を考えていた自分を間抜けに思う。
「こ、琥牙……、牙汪!」
部屋の中央からやや奥の方で椅子に腰掛け、亜麻色に降りかかる髪の奥で薄い笑みを浮かべている琥牙と、その足元に崩れるように倒れている朱璃様の姿がそこにあった。
「まだ殺っちゃいない」
朱璃様!母ちゃん!朱璃、と。 私に追い付いてきた他の皆が口々に朱璃様の名を口にする。
うつ伏せのその状態から、彼女の様子を伺う事は出来ない。
「敵が少数の場合は弱い者から、数が多い時は頭を叩く。 定石だろう? だがこう手応えが無いと、殺る気にもなんなくってな」
「母ちゃんから離れろ!!」
そう言って飛び出しかけたのは雪牙くん。
一番前にいた私よりもそれを先に止めたのは、すっと彼の顔の前に腕を出した供牙様だった。
「伯斗と言ったな。 この子を抑えていろ」
はい。 幾分緊張したように短く応えた伯斗さんが、雪牙くんを庇うように前に出た。
「……そんな戦術じみたものを、昔お前に聞かせてやったものだが。 覚えていてくれたのは嬉しい」
供牙様がゆっくりと歩を進め、私の傍を通り過ぎる。
そんな供牙様に片眉を上げ、琥牙……いや、牙汪が探るような目を彼に向けた。
「お前は……?」
「まずは詫びよう。 幼いお前を残して早くに逝った加世の分も」
「…………」
牙汪はなにも言わなかったが、組んでいた脚をやおら外し、すっとその表情から軽さを消した。