第25章 狼の里にて 中編*
以前にここに来たよりも、暗く静かな夜だった。
前は煩い程賑やかだった虫の音も疎らで、遠くの方からフクロウの鳴き声がいくらか、山間にこだましているだけで。
薄曇りのせいで今晩は星も見えない。
「供牙様、真弥どの。 夜分遅くにようこそ」
「桜井さん」
地下への依拠の入り口で迎えてくれたのは、伯斗さんと二ノ宮くんだった。
それからその後に小走りで駆けてきたのは雪牙くん。
もう怪我はすっかり治ったようだった。
「真弥」
青ざめている雪牙くんの表情から、なにか不穏なものを感じた。
伯斗さんに視線を移すとこちらも落ちつかなげな様子。
「先程からどうも調子が悪いと思っていた。 朱璃になにかあったのか?」
供牙様の問いに一瞬迷うように視線を彷徨わせ、やがて諦めたように伯斗さんが口を開く。
「ええ。 実は……」
朱璃様はここの所もう三週間近くもずっと、ろくに休んでおられないのです。 昼に供牙様が休まれるほんの数時間の間以外は、自室に籠りきりで。
いくら朱璃様といえど、もう限界だと思います。
「ひたすら先代や御先祖に祈り、念を込めているのです」
そんな伯斗さんの話のあと、私たちは早足で朱璃様の所へ向かっていた。
広間の上座の背後にある道を進みながら、その時、首筋から頬にかけて、なにかぞくりとしたものを感じた。
朱璃様がいる所から。
それはここで覚えのある感覚だった。
「真弥!?」
背後から追ってくる皆の声に構わず、真っ直ぐに目的地まで走り抜ける。
以前見た室の戸の両側を左右に大きく開き、同時に彼女の名を呼んだ。
「朱璃様!!」