第23章 狼の里にて 前編*
「ご結婚、されていたのですね」
ちょっと私の事情は複雑でして、そう断ってから彼女が身の上を語りだすのに耳を傾ける。
「……私の実父は早逝しました。 元々私は、ここの始祖様の妻である義姉を頼って来たのですが、とっくに亡くなっていて。 二人とも成仏しておらず、天にもいないのです」
彼女がこの里を訪ねた経緯。
朱璃様に昼間に聞いていた話と合致する。
「義姉って、加世様の事ですよね」
「知ってるのですか!? 義姉は私と違い、器量の良い人だったらしいので、あんな素敵な始祖様に嫁いだのも分かるんですよねえ。 私にもとてもよくしていただいて」
供牙様がよし乃さんの事を身内と思っていたのなら、尚更彼女を大切にしていたのだと思う。
……それにしても、牙汪にとってもこの人は、一応は叔母にあたるというのに。
素敵な人ですよね。 素直に私もそう同意すると晴れやかににっこりと微笑んで、けれど……と、少し声を落とした。
「何度か目の争いごとが原因で、始祖様も亡くなって。 どこかのお寺でも行こうかな、なんて思ってたんです。 そしたらまだお小さい牙汪様が私に向かって、オレの召使いになれって、凄い勢いで引き留めてきて」
ん?
「……余程嫌われてたのだと思いますけど、私が出かけたりするのにも時刻に制限を掛けたり、年中身ずぼらしい着物を着せられて」
……んん?
そんな事を言いながら、他人事のように困ったわねえ、なんて頬に手を当てているこの人もちょっと変わってると思う。
「お前は不細工だから、俺のお陰で職にあぶれないのに感謝しろ、だなんて。 酷いと思いませんか?」
当時の事を思い出したのか、抗議するようにテーブルの上で両の拳を握る。
酷いというか、なんというか。