第23章 狼の里にて 前編*
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最初はとても食事なんて出来る気分ではないと思っていた。
だが途中で風向きが変わったお陰で、朱璃様も元通りに明るくなり、とても美味しく昼食をいただく事が出来た。
ここで口にするはどちらかというと質素なものだ。
今朝の朝食は瓜の漬物と、数センチの小魚をあぶったものとお味噌汁だった。
ただ材料が新鮮で滋味が溢れるというか、しかも普段では味わえようなものが多い。
「とっても美味しかったです。 ここではお肉はあまりいただかないんですか?」
「肉は保存が効きますから主に寒い時期のものになりますね。 今時分は川魚が新鮮ですから」
伯斗さんに教えてもらい、癖のない白身の美味しさを思い出しうっとりと言う。
「アマゴというマスは美味しいのですねえ」
昼食はそれのから揚げだった。 それからお酒に合いそうなウドの醤油漬け。
今晩はおつまみにまたあれをいただこうかな。 そんな呑気な事を考え始める。
「昨日若衆が川で頑張ってましたからな」
他の狼たちは同じものを食べないんですか? そう聞くと、私たちは少しばかり栄養組成が人とは違いますし、普段から顎を鍛えるために干し肉や燻製などが多いですなあ。そう教えてくれた。
「……ですが私は心配です」
ふと声のトーンが暗くって横を向くと、あの広間でずっと冷静だった伯斗さんの、糸が切れたようなくたびれた顔つきだった。
「なにがですか?」
「先ほどの話です。 朱璃様がああいう風に笑う時って、なにかろくでもない事か無茶な事を考えてる時が多いんですよ……」
ため息混じりの伯斗さんだが、そんな事が私に分かるはずもなく、曖昧に返事を返す。
「はあ………」
その時の私はなんにも考えていなかった。
供牙様の事をすぐに信用してくれ、琥牙も無事に済むなんて、逆にこれ以上の事なんてあるのだろうか。 そんな気分でさえいたのだった。