第23章 狼の里にて 前編*
よく意味が分からなくって繰り返すと、朱璃様がいつも通りの口調で教えてくれる。
「今お前には、本人が憑いてるからな。 もちろん悪いものじゃない。 子孫から贈り物なぞを貰って嬉しそうだ」
何も無いはずの私の背後を見ながら、淡々と話してくる朱璃様。
『憑いてる』とか言った。
絶対言った。
「あの……あ、朱璃様って、死んだ人とはな、話せ……」
若干の寒さを感じつつ、誰も居ないのに声を潜めて訊ねると、それをはね除けるように明るく笑う。
「ハハッ、そんなわけは無い。 私は元はとある神社の巫女だったが、先祖みたいに口寄せなぞする能力なはい。 薄らと見えたり感じる事は出来るが」
むむ……なるほど。
私の『夢』の事をやけにアッサリと信じてくれたのは、そんな理由だったのか。
そう思いつつも私はまだ半信半疑だった。
「それは……良かったです。 でも、それならあんな所に御先祖様を置いておくのは、ちょっと気が引けるのですが」
あんな寂しい場所で、あまり性格のよろしくない雇い主と一緒にだなんて。
周りにいるであろう彼女に向かって目を泳がせながら、ついでに心の中で本人にも問いかけてみる。
「今晩でも本人に聞いてみるといい。先祖が帰ってくる、盆とは本来そんなものだろう?」
「はあ……」
「あと、話が中途半端になっていたな? 始祖の墓碑に、加世の形見を入れる事を許す。 お前の話にはちっとも矛盾が見当たらんからなあ。 それから、先ほどの琥牙の件、すまんが当面私の内に預けてくれないか。 そしてもう一つ。 次の満月の前に真弥、足労だがまたこちらへ来てほしい」
朱璃様の心の内、という事は。
「それでは、さっきの琥牙の話は」
琥牙にあれを飲ませるという話は、無くなったという事だと考えていいのだろうか。
「息子の事も、何とかなるかもしれん。 ちと色々また調べる必要があるけどな。 その代わり真弥お前。 何でも協力すると約束できるか?」
「は、はい。 勿論です!」
目線を逸らさない私をしばらく見詰め、朱璃様がまなじりを上げたまま僅かに薄い唇の片方の口角を上げた。
「だが楽は出来ぬぞ、互いにな」
その覚悟は出来ている。