第23章 狼の里にて 前編*
狼であろうが言葉を話せる彼。
琥牙が……ここを危機に晒すなんて、そんな事をするとは思えない。
けれど、あの時の、あの『彼』なら────────?
「一個、それから一個と大勢。 私は家族を度外視にし、今のここの長として決めたのだよ」
息子を、度外視に?
話の内容は分かるとはいえ、とても理解が出来ない。
それを解ろうとして彼女の顔を見詰めた。
表情のない、だけど内に強い感情を秘めたこの目を私は知っている。
琥牙がとても怒っている時によくこんな顔をする。
しかし彼女は今何に対して怒っているのかが分からなかった。
「私がこの役をやれたのなら、良かった。 けれどゆうべ雪牙が言った通り、あの姿になってもお前の記憶がどこかにあるのなら、また真弥の元にあれが現れる可能性はゼロではない」
「……私は嫌です!」
考えるよりも先に拒否をする。
そんなのは絶対に嫌だ。
彼女が胸の前で手を組み、聞きたくもない問いを繰り返す。
「お前は私に脅されたのだ。 私を恨み生きる事は出来ぬか」
「出来ません」
「始祖から続いてきた、この土地や雪牙を含め大勢の仲間がなくなってもか」
「っそんなのは、私には」
関係ない、そう言いそうになりぐっと押し止まった。
決してもう無関係ではない。
雪牙くん、伯斗さん、二ノ宮くんたち、供牙様。
人間臭くて優しい彼らを、私は好きなのだ。
立ち尽くしたまま目を落とし、何とか言葉を繋ごうとした。
「……だから、なんとか私が琥牙を」
「昨晩お前は策は無いと言った。 希望的観測を話している時間は無い」
子供じみた事を言うな、彼女がそう言いたげなのが分かる。
その通りだ。
感情論なんて役に立たない。
室内に気まずい沈黙が続く。
でも、だけど───────