第23章 狼の里にて 前編*
彼女のその言葉に目の前が真っ赤になり、一瞬自分が何をしているのか分からなくなった。
「……真弥どのっ!!!!!」
ただ体が勝手に動いて、朱璃様に向かって手を上げようとした私の前に、伯斗さんが咄嗟に飛び出してそれを止めた。
「お願いします! 落ち着いてください、真弥どの!! 朱璃様、私も初耳ですぞ。 よもやこんな…」
そんな私にもそう言う伯斗さんにも、彼女は微動だにしない。
「……もしも里でしかあれが変わらないのならば、問題は無かった。 実際今まではそうだった」
そこにいた中で、その時、私が一番獣に近かったと思う。
生きてきて、これほど血が煮えるような思いをした事はなかった。
それなのに、目の前のこの人はこちらの神経を逆なでする位に冷静な目で、睨みつけ怒りで息を切らせている私を見ている。
「琥牙は、子供はあなたの所有物じゃないっ!!」
声を振り絞ってそう叫んだ。
私はそんな事のためにここに来たんじゃない。
好きに生かしたり殺したり、そんな事をさせてたまるものか。
「逆だ」
ほそりと小さく息をつき、私たちに背を見せた後、室内に幾つか置いてある一人用のソファの中に深く彼女が身を沈める。
「見掛けによらず激しい女だなあ……真弥」
「…………」
本当に怒りを感じている時というのは、うまく言葉が出ない事に初めて気付いた。
「琥牙の……あの狼の性格と力では……あれが何であれ。 あれは放っておくと外で色んな所に敵を作り、いずれは死ぬ。 それこそ銃弾に倒れた夫よりも呆気なくな。 今はそんな時代だろう?」
じっと私を見ながら彼女が静かに続ける。
「ただそれに、多くの人間が犠牲になりこことうちの一族の存在が知られ、巻き込まれて絶滅する前に手を打つかどうか、それだけだ」