第23章 狼の里にて 前編*
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通された部屋の木戸を閉めると、朱璃様は本棚などがある壁際に佇んでいて、私を見るとああ、とだけ言った。
「あ、朱璃様、あの今………」
「何だ? いい歳の女が傷だらけで。 まあ、落ち着け」
これは伯斗さんが。 そう言おうとして黙った。
「…………?」
妙な沈黙が続く。
朱璃様のその雰囲気に、いつものような朗らかさがない。
なんだか声を掛けづらく、物々しいものを感じて、伯斗さんを見ると彼も首を傾げてこちらを見返してきた。
食事などの支度もまだ無い様子で不思議に思っていると、硬い表情のまま彼女が足を進めて私の前に立った。
「あの、朱璃様………?」
そして私を見上げてこちらへ向かって手を伸ばしてきた。
大きさの割に厳重に蓋をされた、数センチ程の遮光ガラスの小さな器がそこに握られている。
「なんですか、これ? 瓶の中に、丸薬……?」
それを受け取ろうと手を出しつつ、単純に疑問を口にする。
「イボノキという植物の果実を乾かして固めたものだ」
手を止め黙って目を見開く私を見て、知っているのか? と意外な顔をした。
人払いをしているのか、二つある広間の奥まった狭い方には今朱璃様と伯斗さん、私の三人しかいない。
それは最もな事だろう。
「おそらく真弥がその機会を多く持つ。 もしもお前に会いに来たら、これを琥牙に」
イボノキ。
小さな頃に祖母から聞かされていた。
真弥。 決して触ってはいけない。 これは─────────
「朱璃、様……? だって、これは…」
「神経性の毒薬。 せめて即効性のあるものを選んだ」