第23章 狼の里にて 前編*
「旦那様、どうなされましたの? こんな時間に」
先ほどの女性より高い声を彼に向って掛けながら、傍に立ったのはまた別の人だった。
年齢も少なくとも私よりは下という所で、若く可愛らしい、といった風情の女性。
着ている着物もそれに似合って華やかで、良いものだと分かる。
そんな女性に対し目だけを上げた男性が、素っ気なく訊いた。
「呼ばれるのが不服か?」
「いえっ…そんな訳は、ありませんわ」
慌てたように言い淀み、けれど近頃はちっとも構って下さらないのに……そう続ける女性を無視するかのように、その腕とそれから腰を抱き、あっと声を上げるその人を自分の方へ引き寄せる。
「だ、旦那様……」
その戸惑った様子の声には、どこか甘い響きが含まれていた。
不自然に盛り上がっている衣服から、丁度彼の手が彼女の腰やお尻の辺りに潜り込んで撫でているのが分かった。
これはどうやら、そういう場面らしい。
自分の顔が赤面しているのを感じつつ、その場から離れようとする。
けれどこの男。
この男性の声や口調、表情は、似過ぎている。
………あの時獣化した琥牙に。
そう思い、もう少しなにか情報を聞き出せないかと、無性に落ち着かない気分ながらも、ここにいる事にする。