第23章 狼の里にて 前編*
『あなたは、……』
「…………?」
声を発する事が出来なかった。
はくはくと口を動かすも空気みたいに洩れる。
何度かそれを試みながら、改めて冷静に見渡すと、周りの様相が違っているのに気付いた。
沢の、こちら側にこんな深く入ったのは初めてだった。
それでも、こんな所に建物があったっけ?
大きくて古めかしい、平屋の屋敷のような。
縁側から続く、ここは家の脇なんだろうか。
中は何部屋あるか分からない。
これ位の規模ならば、高台になっている崖の方からも見えそうなものなのに。
この人たちの着ているものも、洋服ではなく着物を簡素にしたみたいな服だ。
そして彼らの元に私が歩み寄り、彼らのかなり近くに立っているというのに、誰もこちらを見ていない。
『伯斗さ………』
元の道を振り返ってみるも伯斗さんは居らず、視線の先は鬱蒼とした林。
そもそも、こんな所を通ってきた覚えはない。
「お前は何度言えば分かる……『それ』はオレの持ち物だ。 そしてお前はただの召使い。 その分際で、昨晩はまた逃げ出そうとしただろう」
その声に再び顔を上げて目を向けると、男が髪を掻きあげながら苛々とした様子で、女性の方へと視線を投げている。
細く幅の広い瞳や狭い鼻梁はシャープに見えて、しかし投げやりな印象が際立つその表情は、その男性の風貌をことさら冷たいものに見せていた。
単に見ているだけでも、睨まれているような威圧感がある。
「………もう、わたしはこんな光景は見たくありません」
そんな男にも臆さない、強い声だった。