第23章 狼の里にて 前編*
「そう……ですね」
そう一言だけ言ってそこを後にしようとして足を踏み出すと、背後から微かな声が耳に届いた。
「……真弥どの?」
どこかで微かな、悲鳴が聴こえる。
………泣いてる………?
「真弥どの」
先に歩いていた伯斗さんが立ち止まっている私に気付き、こちらを振り返った。
彼に向けて唇に人差し指を当て、更に耳を澄まそうとする。
「少し……静かに」
─────ギャアアアアッ!!!!
突如、林を揺らすような大声が響き渡った。
余りにも高く大きな音に、耳が一瞬キーンと鳴り、思わず伯斗さんを見詰めると、私を見て怪訝な表情を浮かべた。
「い、今の……は?」
「私には何も聞こえませんが……?」
動物の、例えば犬の聴力は人の何万倍ともいう。
今の声が聴こえなかった………?
「一体………」
何にしろ、あの悲鳴はただ事ではない。
ここのすぐ近く、だ。
「真弥どの─────────」
伯斗さんの声を背中で聞きながら薄暗く低い木々の間を抜け、草場を掻き分ける。
誰か呼んだ方が良いのだろうか、そんな悠長な事を言ってる場合ではないような気がした。
「──────────」
その光景に目を疑って、目を逸らす。
正しくは、逸らしたかった。
なのにそう出来ない。