第23章 狼の里にて 前編*
「真弥どの。 それは?」
手持ちの手提げバッグから取り出して私が持っている、所々傷んで黒みがかった木箱を伯斗さんは不思議そうに見詰めてきた。
箱の字を見ただけで私にもその中身は分からなかったけど、壊さないように注意深くそれを開けるとひと房の髪が入っていた。
長い黒髪。
あの人の、一部だ。
嬉しくってそれが入った箱ごと大切に握りしめた。
「昔の字ですが、おそらく」
蓋の部分を伯斗さんに渡すと首を傾げながらそれをじっと観察する。
「かよ、そう書いてありますね。 かよとは……あの加世様の事ですか? なぜ、真弥どのがこんなものを」
「うちから捜して持ってきました。 供牙様と眠らせてあげる事を、どうか許してもらえませんか?」
色々と信じられない、そんな表情だった。
それらを一つ一つ整理するように、伯斗さんは言葉を繋いでいく。
「なぜ真弥どのの家に? ……琥牙様にも始祖のその名は伝えていないはずですが。 それでは……真弥どのは、加世様の家に関わる者という事ですか。 あの、裏切り者の」
「それは違います」
伯斗さんは前に私に言っていた。
裏切り者の加世様。
『それを許せなかった私たちの始祖はそれを追い掛けて結局二人を食い殺してしまったそうです』
「事実は違います。 供牙様は加世様を殺めていませんし、きっと加世様も彼を裏切ってません。 今二人は離れ離れなんです。 ですからここで一緒に」
「なぜ、部外者の。 人間の真弥どのにそんな事が分かるんです?」
序列の厳しいと云われるここの中で、今もその名が語り継がれる存在。
この里を作った最初の人狼。
私を部外者と呼び、憤るのは仕方の無い事だろう。