第22章 郷曲におもむく(身長)
夫を愛している。 それは彼女にとってまだ進行形の事らしい。
それならば私の思いも分かってくれそうな気がした。
少し暑くなってきて、浴槽の中にある石段に座る。
もう暗い山腹のここには、ほのかなランプの灯りが二つばかり照らしてあるだけ。
浴槽の脇に生えている草葉が細く頼りげなその身を揺らしていた。
注意深く耳をそばだてていると、幾つもの自然の中で、小さな命の囁きが聴こえるかの様だった。
火照った体を心地好い風が撫でて肌を冷ましては通り過ぎていく。
水と、木と、草の香り。
冬は雪深くもなり大変なのだろう。
生き物として暮らしつつも彼らが守ってきたこの場所。
それはとても尊いものの様に思えた。
「彼を、琥牙の事を知ることが出来るのなら何でも約束します」
「真弥みたいな女にそう言わせる様になったとは、獣化する力など無くともあれはもう、立派な男には成長してたのだなあ。 先程の答えだが、その通りだ。 あれは過去に人を殺めている………あまり驚かぬな」
「狼同士ならばそれが分かると、言われた事があるので」
私の言葉になるほど、と軽く頷いて遠く闇夜に切れ長の瞳を移した。
「そうか………確かに私たち人間には知り得ぬ。 琥牙、あれ本人も記憶が無いとはいえ、自分でも薄々気付いているのかも知れん」
彼女の話によると彼の最初の成長、つまり獣化は『その時』だったらしい。
「普通ならば人を殺めるなど、うちでは追放に値する蛮行なんだよ。 ただ、そうならなかったのは夫を殺した人間たちが、しばらくして再びやってきて、今度はまだ小さかった雪牙を狙ったからだ」
「狼の白い毛などは貴重らしいな……考えたくもないが」
そう苦々しげに呟いたあとに。
「そんな訳で逆にあれへの評価は上がりはすれど、追放などは免れた。 里の掟は本来先代の長男とはいえ厳しいものだからな」
と続ける。
ただ私を含め、当時その場にいた数匹の共の者に取ってはまた事実が異なる───────