第3章 推されても困る
「以前にも少しお話しましたが。 私たちが人の10歳程で成長する、というのはあくまで第二次性徴的な意味です。 琥牙様はまだ肉体的にも子供の分類。 彼の父親は狼の姿では私よりも優に一回りは大きかったですし、人の時も真弥どのが見上げる程でしたよ」
『見上げる程でした』
そしてまた過去形。
「……あの、琥牙のお父さんって、もう居ないんですか?」
ずっと聞きそびれていた事を訊いてみた。
「はい。 里から離れた森で狼の時に、狩猟をする人間によって殺されました。 それなのに彼がこうやって人に対して無防備であるのは……幸運と言えばいいのか、不幸と言っていいのか」
「そうなんですか……」
「お父上は里でただ一人の立派な人狼でした。 それが人に殺められ、唯一の後継者である琥牙様が皮肉にも人との混血であった。 周囲の目も決して温かいものばかりではなくその心情はいくらばかりかと思うと」
伯斗さんが前脚でそっと自らの目頭を拭う。
それに私も釣られてじわりと目に水の膜が張る。
私は昔から動物モノなんかに弱い。 ハチ公物語なんかDVDのパッケージで泣ける自信ある。
「そんな事情もあり幼少より腫れ物のような扱いで周囲から距離を置かれ、窮屈な生活を強いれられて来た琥牙様。 こうやって異性であれ、他人を求めるまで成長したという事実には、私は真弥どのには感謝の言葉しかございません」
「それなら尚更、あんなものいただく訳にはいきませんよ。 琥牙は純粋に優しい子ですし、私が好きでやってる事ですから」
「いえ、今まで確信がありませんでしたが、今日の出来事を聞いて考えが変わりました。 やはり真弥どのはゆくゆくは母上のように、琥牙様のつがいになられるお方。 そうなればどちらにしろ、あんなもののと言わず、生涯の富を約束される御身になるでしょう」
どうやら泊斗さんまで琥牙サイドに回ってしまったらしい。
だからつがいとか言われても。
「何か困る事がおありで? 加えて言うと、私達の種族はただ一人と決めた伴侶には生涯大切に愛し守り抜きます」