第20章 月下の交合*
「始祖様…なんですよね」
彼に会うと、自分が酷く矮小な存在だと思わせられる。
獣である彼はそれほどに揺るぎのない美しさを纏っていた。
「……そう呼ばれるのは好きではないな」
「どうしても、私とは違うものを感じてしまうんです」
ゆっくりとした足取りで私の傍に寄ってきた白銀の狼は少しだけ首を傾けて、目を伏せている私をじっと見詰めた。
「伴侶と間違っていたとはいえ、この間とは随分印象が違う。 悲しみ……いや、寂しいのか?」
寂しい。
多分、そうなんだろう。
こくりとその言葉に頷いた。
「違うから寂しいのなら、せめて私の見た目だけでも近付いてやろうか」
そう言ってふわりと人に姿を変えた彼はなんというか、有り得ない程の美形だった。
白い肌に透けそうな睫毛。
琥珀の双眸はごく浅い弧を描き、高い鼻筋は貴族的な面立ちと言っていい。
銀髪の細い毛の束が額に振りかかっている。
そんな繊細な造りなのに、全身から溢れる雄独特の力強さ。
こういうの、なんて言うんだったっけ。
フェロモン全開とか?
男の色気というものはこんな感じなのかと感心した。
「これで少しは寂しくはないか」
ぼうっと見蕩れる私を見詰めてそれを察してるのか、くすりと目を細め口元の曲線が和らぐ。
「あの、始祖様は」
「……私の名は供牙だ」
「供牙様…は本当に伴侶の女性を……あの、殺められたのですか?」
自然と敬語にもなってしまうというものだ。
「私がか。 ……そうだな。 もしも私の伴侶になりさえしなければ、あれはあの様に死ぬ事も無かったのかも知れぬ。 救えなかったのも事実。 それを殺めたと言うならばそうなのであろう」
「……直接手を下した訳では無いのですね」
「有り得ぬ。 よもや我よりも大切な存在に」
彼がはっきりと言った。
激情に駆られて野生のままに狂う、人狼とはそんな危険なものではないらしい。