第19章 狼社会の不文律
「はい。 そこまでね」
走り寄ろうとしたらくんっ…と後ろから手首を引っ張られ、振り向くと琥牙がちょっと呆れ気味に私を睨んでいる。
「それ位、自分でどうにでも出来るでしょ。 雪牙は怪我の治りも早いし。 っていうか、雪牙。 何してんの」
「…………」
拗ねたみたいにぷいと横を向く雪牙くんに、琥牙がすたすた歩いていっていきなり激しめのデコピンをかました。
「…いてっ!!」
止める間もない。
「お前の負けだよ」
「そんなっ…雪牙くんは負けてないじゃないの!?」
うん、雪牙くんは頑張った。
最終的に倒れたのは向こうだし。
しかし私の抗議に周りがしんとする。
あれ?
違うの?
「こういう場合のおれたちはカッとなって手出したら負け。 こっちのが位が上なのに戦わないと勝てないんなら、雪牙がまだ未熟なんだよ」
そうなの?
「しかも獣化してたら100パーセントお前が負けてたし、そんな怪我じゃ済まない。 向こうが手を抜いてくれてたって分かってる?」
なんだか図星らしく、雪牙くんが赤い顔をして唇を噛み締めている。
「って…兄ちゃ……」
「すぐ挑発に乗る性格直しなよ。 お前はまだまだ強くなるんだから」
そう言って琥牙がぽん、と頭に手を置くと雪牙くんが首を一度大きく縦に振って頷いた。
「っ…うんッ……」
アメとムチ。
琥牙は子供の扱いが上手いらしい。
いい父親になりそうだ。
私は冷静に考えていた。
「あと、そちらの目的はなに? 弟の負けは認めるけど、よく考えたら単なる下克上にしてはお粗末だよね。 たった二人でさ。 親戚同士?」
その二人が顔を見合わせ、二ノ宮くんが頷いた。
壮年の男性の方が前に進み先に口を開く。
「……あ、なたが始祖様の」
始祖様。
いつか話をしていた琥牙たちの御先祖様。
「うん」
甥から話を聞いて、もしやと思い。 ですがこの場にいらっしゃらなかったので。 とその人が続ける。
「失礼ながら代わりに現れた弟君らしき方と戦えば、救いに姿を現しになるのではないかと」
「それはそちらにも雪牙にも失礼だから……」
面倒だし。 ぼそりとそう言ったのを私は聞き逃さなかった。