第16章 月色の獣 - 在る理由
それから二週間後の満月の夜。
供牙を初めとした数十匹の狼が人姿の彼の前に集っていた。
言葉を話すもの、話せないもの。
元々の村の者、この一件の噂に惹かれ集まった者、人間に家族を殺された者。
「私達は何のために生きるのか。 私はこの二週間の間ずっと考えていた」
皆にそう話始めた供牙はやつれた様子で、しかし煌々と輝く白銀の月の下で、その瞳は生気に満ちた光を放っていた。
「加世の後を追うのもいい。 自分の存在する理由を失ったならそうするのだろう」
ここの所ずっと、供牙がそんな動きをしまいかと彼を監視していた狼達が顔を上げる。
「だがそれは違う。 加世を殺めた者を八つ裂きにすれば私はまた眠れるのか? 眠るために、食うために、子を成すために、そうするのか……」
自らの本能的な欲求を満たすために生きる。
人も含めた大部分の動物はそうである。
「恨みでも悲しみでもない。 この体に流れる血を求める本能のためでも無い」
供牙の烈しさを知る者にとっては意外な言葉だった。
特に加世が死んだあの場にいた、前列の狼達が顔を見合わせる。
「私達はただ守るのだ。 遺されたものとその命を。 その為にのみ傷付け戦う。 半ばに無様に倒れたとて、死に際を伝える者が居なくとて、私達の志は折れぬ!!」
ただ悪戯に殺戮を好む訳では無い。
そんな者はその場には一匹足りとも居なかった。
守るべき子や妻の為に遂げる死は当たり前だ。
だが、この稀有な力を持つ主と共に戦える程、名誉なものはあろうか。
実際に非業の結末を迎えた黒銀に対してさえも、彼等の心には羨望や嫉妬が混ざった複雑な思いがあった。
「異論を唱える者は同胞ではない」
美しい人の姿をしていても同胞と言う、そんな供牙に周囲は心中で震え歓喜した。
紛うことなき誇り高い狼の心を持ち────いや、人も獣も超えるこの威光。
今この瞬間、供牙に出会えた事こそが奇跡なのだと。
一瞬のどよめきの後、我先にと彼等の咆哮が重なる。
一部の者は供牙様!とその名を呼びそれらが合わさった声が一斉に森さえ揺らす。
「目的の地は加世の元亭主の家。 私はもう逃げぬ。 これ以上この地を汚す事は決して許さぬ! 明朝を出立とする」