第15章 月色の獣 - 新月に疾く
「お前達、臆すな!! 相手はただの犬一匹だぞ!?」
「だ、旦那様。 しかしこれはこの世の者では」
返り血だと思っていたが、その犬の前脚の付け根にはよく見ると新しい血液が盛り上がっていた。
「もしもそうならばほら、あの様に血を流すか」
「で……ですが」
黒銀が首に噛み付いて離さなかった間に、最期の最期で抵抗されたのだろう。
「黒銀!!!」
「加世様」
彼の元に駆け寄ろうとした加世を制し、黒銀が先に走り寄って加世を守る様に前に立ちはだかった。
加世がしゃがんで着物を破り、黒銀の脚に素早く巻き付けている間に小声で告げる。
「黒銀。 逃げなさい。 これではいくら、あなたとて……きっとあなたのその脚なら痕跡も残らず村へと逃げ仰せるでしょう」
黒銀は加世のその冷静さに目を見張った。
供牙様ばかりを見ていたが、これ程肝の座った者は里の雄にも滅多にいない。
それだけに尚更、今の状況をどうしようも無く悔やんだ。
「それでは意味が無いのです。 加世様どうか、どうかお許し下さい。 私の命などあなた様に比べたら」
「比べるものではないわ。 悲しむ者がいるのはみな同じ」
加世がすっと立ち上がり、着物の汚れを丁寧にはたき始めた。
「加世様?」
「子の尖を親が受けるのならば、親の責はわたくしが取りましょう」
「────加世様! 何を」
突如、加世は真っ直ぐに父親に向かって走って行った。
『もしもわたくしに力があれば』
いつもそう思っていた。