第14章 月色の獣 - 狼の里*
足音を立てない様静かに家を出た加世がその小屋に近付き、中に入った瞬間目を疑った。
薄暗いが確かに、両手を縛られ血で汚れた顔で轡を噛まされている庭師がそこに居た。
「生きて……こんな所に。 怪我をしているわね?」
ごく小さな声で話しかけてその体を調べ、轡が赤く染っている事に気付いた。
それを外そうとした途端に息を呑む。
彼の舌が上半分の奥深くでちぎれかかっていた。
「……う」
これを外すと残りの舌を巻き込んで窒息してしまう。
でも、なぜこんな事を?
こんな怪我をさせて放置し苦しませる、供牙はそんな性格ではない。
轡を元の様に堅く巻き直し、加世は庭師の体を支えた。
供牙がいつ戻るか分からない。
家の裏の庭で薬を作って治療にあたる事は不可能だ。
「う、うぁ」
「少し歩くけれどこの麓にも村があります。 怪我を治さなければ。 朝までには着けるでしょうし、それまでには耐えられます」
立ち上がろうとする加世に男はそれを拒んでいる様で、なぜかそこを動きたく無さそうだった。
「諦めないで下さい。 わたくしがそこの村の者に話をしますから。 ただ、わたくしと供牙の事を決して他言しないと約束していただけますか?」
彼女の言葉にゆっくりと頷いた後に、庭師は目を閉じて一筋の涙を流した。