第14章 月色の獣 - 狼の里*
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「よろしかったのですか?」
「……どうにもならない。 あれはああ見えて頑固な所がある。 時が経つのを待つしかない」
人も立ち上がる事の出来る大きな小屋といった風情の家だった。
黒銀(くろがね)という名の狼は里に来て間もなく恭牙の元を訪ねてきた者だ。
供牙と同じに人の言葉を話し、そして忠義に厚い狼であった。
通常の狼の群れと同様、村には恭牙を上として厳しい秩序がある。
戦わずとも黒銀には恭牙の力量が分かったし、それは今まで見た他のリーダーとは較べようも無いものだった。
ただ異なるのは、自然界のそれとは違い供牙と加世以外の格下の狼にも繁殖が許されているという点だ。
『強い子を成そうとする習性なのだろうが、私の場合は若干規格に外れるからな。 それに私はお前達に従えと言った覚えは無い。 自由にすれば良いのだ』
『ではそうさせていただく事をお許し下さい』
強いトップの群れに加わる事は史上の喜びである。
ましてやそれが自分と同じく言葉を話せるという奇異な特徴を持つ者。
黒銀にとって供牙との出会いは運命と言っても良かった。
「加世様では無く、あの男の事です」
「……問題ない」
黒銀はじっと恭牙を見詰めていた。
彼が迷わず自分の元に来てくれた事が誇らしい。
だからこそ、彼に供した椀の中に入れた眠り薬にも気付かなかった供牙に憐憫とも心苦しいとも取れる奇妙な情があった。
「…黒銀……何を」
「今はもう若狼になり村を離れましたが、気性の荒かったあの子に加世様がよく作って下さったものです」
供牙の視界が鈍くぼやけ、酷い眠気と共に頭痛を感じ鈍い動作で額に手を当てた。
「……止めて、くれ」
「お優しい加世様には私達同胞の多くの命を救っていただきました。 それならば、夫であるあなたが狼や……ましてや人よりも優しくあってはならないのです」
「…………」
足元に崩れ落ちる供牙を見下ろし黒銀は小さく呟いた。
「ご安心を。 その為に私がおります」