第14章 月色の獣 - 狼の里*
「けれどようやく分かりました。 その手に付けている音のならない鈴は、私が仔犬の頃に首にかけてやったもの。 おまえは供牙なんだね?」
「…………」
ここに来るまでに全てを捨てた加世。
それに引替え、こんなものを未練たらしく身に付けていたのは、まだ拭えぬ自分のもう一つの本能のせいなのか。
「おまえはそんなにも、加世様の事を。 私は……私達は酷い事をした。 嫁いだ先の加世様が決して幸福ではない事は、私の耳にも届いていたのに。 どうする事も出来なかった」
暗い表情で語るその言葉は本心なのだと供牙には解る。
ぐらりと揺れそうになる体を意志の力で踏み止めた。
「今更そんな事はどうでもいい。 それよりもお前はここを無事に出られると思っているのか?」
「供牙? まさか」
「いや。 何年も探しに探して、幸福そうな加世様の姿を見る事が出来て、子や家族を持たなかった私には今は何の憂いもない。 ただ私は……どうしても旦那様にお伝えしたい。 毎夜眠れぬ旦那様が、もしも少しばかり安寧の時を得れるのならば」
「お前を離せば主人や加世の元の亭主は加世が生きていると知り、私の事やここの存在を知るのだろう」
「供牙。 庭師は嘘は言わないわ」
「そんな事は問題ではない」
彼が真実を述べている事は解る。
擦り切れた衣服や草履を見れば、どんなに庭師が主人や加世を心配し、ここに辿り着いたのかも解る。