第2章 それぞれの思惑
降:「いかがですか?ミアさん」
私は、零さんが「この時期にお勧め」と言う「カツオの塩たたき」を頬張っている。
ここは、日本公安警察が密会で使うという料亭。「作戦会議に最適な場所」ということだけでチョイスされたと思っていた私は、ここの料理の美味しさに心底、感激していた。
『零さんのセンス、間違いないですね。素材をダイレクトに感じられて、美味しいわ』
先程から私が口にする言葉は、お世辞ではない。彼へのハニートラップのために私が用意した賛辞の言葉は、早々に無駄になっていた。それくらい、彼は料理の知識だけでなく会話の全てにおいて、センスが良い。自然と会話が弾む。
『さすが日本公安のエースにして、組織一の探り屋と言われるわけね』と思いながら、私の内心は穏やかではなかった。ハニートラップを得意とする私にとって、彼はパートナーにしてライバル。手の内を全て読まれているようで、攻略は難しそうだ。
『次の手はどうしよう?』と真剣に考えていた私は、自然と彼の瞳を見つめていた。
降:「ミアさん、そんなに見つめられると勘違いしそうです」
『え?』
彼を落とすつもりで向けていたわけではない視線を急に指摘され、私は慌てて俯いてしまう。しかし、その後に聞こえた言葉にすぐにムッとした。
降:「あはは。冗談ですよ」
『零さん、楽しんでいません?』
降:「ごめんなさい。でも、あまりにも貴女のギャップが可愛くて、つい」
『ギャップですか?』
降:「ええ。今日の会議で見せていた姿とのギャップが大きくて。貴女をもっと知りたくなります。あ、これは本心ですよ」
お得意のそれ以上の追求を阻む笑顔と共に言われて、私は彼にハニートラップをかけることを諦めた。