恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第60章 feliz cumpleaños / 🎴・🌫️ ✳︎✳︎
「七瀬? 聞いてた? 」
「………ごめん、聞いてなかった」
「ふうん、じゃあもう一回言うね」
ぼうっとしている彼女の柔らかな左頬を柔らかく摘んで、僕はさっきと同じ事を恋人に伝えていく。
すると ———
「無一郎くんが生まれたのって夏じゃない? 」
「うん、それがどうしたの」
何か話が掴めないけど……七瀬はいつもの事か。
「好きな人が生まれた季節だから、私は特に大切に過ごしたいなあって思っててね」
「それさあ、夏じゃなくてもいいんじゃない? 」
「よくない! 」
むにっと今度は僕の左頬が摘まれてしまう。さっきこんなに強くつねらなかったと思うんだけど。
「痛いよ」
「だって痛くしてるもの」
「あ、そう」
少しだけ力を入れて彼女の手首を掴むと、それは簡単に僕の顔から離れた。でもやっぱり七瀬は隊士だよね。頬の痛みは大分後を引きそう。
「当日まで秘密にしようと思ったんだけど、もう言うね。実は無一郎くんのお誕生日を祝おうって本田さんと計画してるの」
「へえ、そうなの」
「もうさあ、何でそんなに興味ないの? 自分の事なのに」
「だって僕、最近まで記憶が混濁してたもん。それに……」
今は自分の事を思い出すより、七瀬の事をたくさん知りたいんだよね。これを目の前の本人に伝えると、顔を完熟した林檎のように赤くしながら、僕にお礼を言ってくる。
「あ、そうだ。君が言ってくれたから言わなきゃね。夏が嫌いなもう一つの理由」
「うん、言えるなら教えて? 」
「兄さんがいなくなった季節だから」
「そう……なんだ」
「うん」
だから僕は夏が大嫌いなんだよ。うんざりするんだ。夏の太陽も暑さも。