恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第54章 八重に咲く恋、霞は明ける / 🌫
『八十八番………!頑張って!』
七瀬は目を瞑って両手を合わせ、神頼みをするように願った。瞬間、スパン —— と札を取ったであろう音が耳に入る。
シン……と静寂が部屋の中を通り抜けた。
「…………」
『うう、目開けるの怖いよ……どうしよう』
迷う七瀬を彼女の隣に座っている先輩隊士が、声をかける。
「どうなり……ました?」
ゆっくりゆっくりと両の瞼を開けるとそこには…
★
「いただきます!」
七瀬と無一郎、そして霞柱邸専属の隠である本田の三人が食卓を囲んでいる。
本田は何度も隠の自分が共に食事をする事を遠慮していたが、無一郎の半ば強制的とも言える「この味を覚えて」の鶴の一言により、昼食に参加させられてしまった。
「ん……流石です。私はこの味がなかなか出せないんですよね。毎週口にすれば記憶出来る物でしょうか?」
「一年もあるんだよ。必ず覚えて物にして」
「まあまあ、無一郎くん。今は職人さんの味を堪能しようよ」
三人が口にしているのは、ふろふき大根である。無一郎は好物を一年間食べる事が出来る権利を獲得したのだ。
「何言ってんの、七瀬。君も覚えて、しっかり自分の舌に記憶させてよ」
「はい、わかりました。師範」
いつもならばここで無一郎が「敬語は……」と言ってくる所だが、ふろふき大根効果なのか?特に気にする事なく流してくれたようだ。
淡い味わいの大根の上には赤味噌だれが鎮座しており、七瀬はこっくりとした味のふろふき大根に舌鼓を打ちながら、美味しいですねぇと本田と談笑している。
あの日、無一郎は最後の札を杏寿郎から鮮やかに奪い去った。
彼が札を取った瞬間、横で見ていた柱達全員から大喝采を浴びたのだ。